デザイン・モノづくりの本質と考え方。TIPSも良いけど、もっと根本から。

人を待たせる。その意味と不利益とデザイナーとしては?

待ち合わせに遅刻する。指定日時に遅れる。そもそも忘れる。

自分が遅れることで「待たせている」誰かが、対象人物がいるはずだ。いない場合は、ない。なぜなら自分のみで完結するなら「待たせる」という事象そのものが無意味。

不可抗力にせよ、故意にせよ、常習犯でも何でも、いずれの場合でも「人を待たせる」ということの意味を考えたことはあるだろうか?

ないのであればこの機会に考えてみると自分のプラスになることは間違いないので、少しだけ時間を使ってみよう。あなたがデザイナーであれば、考えることは決して無駄ではなく、むしろ本職だろう。デザイナーでなくとも考えると必ず良い結果となる。

先に結論から言おう。

待たせるということは、その人の時間を無駄に使っているということ。

他人の時間を勝手に、あなたの都合で消費しているのである。どのような理由にせよ、あなたの行動の結果によって、待たせている相手の時間を食っていることに他ならない。

待っていることに相手がどう思うかは関係がなく、あなたが指定時間を超過することで、本来は必要のない、発生しえなかった空白の時間を相手に強制していることとになっているのはお気付きだろうか?

遅刻していなかったら、今頃は楽しく会話している時間かもしれない。美味しい料理を食べている時間かもしれない。雨に濡れる前に目的地に行けたかもしれない。欲しかったものが売り切れなかったかもしれない。様々な「かもしれない」が生まれるがそのほとんどはマイナス要因だ。

気持ちの問題もある。待っている人がポジティブな思考だけで待っていることは稀だろう。何かしらの不安と不安定要素を思うはずだ。

事故にあったのか?何か急な用事があったのか?というような外部的な不安定要素はもとより、待っている暇な時間への苛立ちなどあなたへのマイナスイメージもある。つまり、どこを切り取ってもあなたにとってマイナス要素しかないのだ。遅れることでのメリットはあまりにも少ない。

「遅れたことでラッキーな事になった!」という例もあるが、それはあくまでも結果論であり、待っている間に思うマイナス要素が帳消しになることではないし、そもそも相手の時間を勝手に食ったことに変わりはないのだ。

相手の貴重な時間をあなたの勝手な都合で強制的に使うというのは、かなり傲慢なことではないか?とても酷いことではないか?無意味で無駄な時間というのはそれだけで不利益である。なんの生産性もない。自分が相手が、それを望んで時間消費するなら良いが、「待たせる」というのはこれに当てはまらない。

非生産な時間を相手に強要している。これがどういうことか?デザイナーであるあなたなら、イメージできるはず。ものすごく、無駄な時間であることに。その無駄な時間をあなたが強要していることに、気付けているだろうか?

非生産なことを、生産性を向上させる目的を常に重要視するデザイナーが相手に対して与えて良いことなのか?という事柄を考えてみてほしい。

あなたの仕事は?あなたがデザイナーであるなら?デザイナーの本質は?

人を待たせるというのは、相手に非生産な時間を過ごさせることであり、相手に不利益を強要していることである。デザインとは「何かを向上させる」ことを目的としており、その向上の手助けをいかにして実現するかを考えるのがデザイナーの仕事だ。あなたの好きでやっているデザイナーとしての仕事と真逆の事とは思わないだろうか?

不可抗力や自己的な要因で遅刻や期限に間に合わなかったというのは、致し方ないとして、遅刻などを常習としている人は意外と多い。

その人々の話を聞くと「遅刻」に対する考え方はあくまでも自分本位だ。本質的には「少しぐらい遅れても大勢に影響ないでしょ?」という考え方。大勢を決めるのは遅れている本人ではなく第三者であるので、この考え方そのものが破綻している。というか自分勝手すぎて、相手がそこにいるということを失念していることが多いのだ。相手があっての「遅れ」であることは想像していないもよう。

デザインの話に戻るが、相手がいてのデザインであり、それを作り出すのがデザイナーの仕事である。

遅刻や期限超過はデザイナーの本人への信頼度やクオリティに直接影響が出まくるため、絶対にやってはいけないことだと肝に銘じておこう。あなたのために。